「心淋し川(うらさびしがわ)」ネタバレ感想 -著:西條奈加(さいじょう なか)-

2021/10/28

カテゴリー:小説

谷を流れる川

概要

このページでは「明けぬ里・灰の男」の2つのお話をネタバレ感想していきたいと思います!

この2つのお話が最後のお話となっていて、まだ他のお話読んでいないよという方はそちらを読んでからこちらのページに戻っていただくことをお勧めします!

「心淋し川」「閨仏」へ  「はじめましょ」「冬虫夏草」へ

短編集とはなっていますが、以前のお話で登場した人物が次のお話でもちょこちょこ出てきているので、少し面白いと思います。

灰の男は少しネタバレが長くなっていますが、かなり内容が面白いので是非読んでみてください!!

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目次

明けぬ里

登場人物

よう…桐八の妻。気が強く、元々は遊郭で働いていた。

桐八…ようの夫。博打好き。

明里…ようと同じ遊郭で働いていた女。かつてその遊郭で一番の人気だった。

出雲屋の隠居…ようを落札してくれた老人。

茂十…心町の差配。

"明里"と"よう"

ようはある時、お寺にお参りに行く途中で気分が悪くなってしまいます。

それを助けてくれたのはかつて、ようと同じ遊郭で働いていた明里という女でした。

明里はその遊郭で一番の人気で、来て早々客をとらされた"よう"とは別次元の存在でした。

ようはそれに対して不満でしたが、明里は体を売らなくても"よう"の何十倍も稼ぐので、仕方ありませんでした。

ようが遊郭に体を売られたのは、15歳の時でした。

当時、ようの父は賭博で借金を背負い、その肩代わりとして"よう"の姉が売られようとしてました。ようの母も仕方ないと止めようとしません。

ようは姉のために反対し、姉が売られるくらいなら自分が売られると言います。

姉は泣きながら"よう"に謝りますが、姉がやっぱり自分が行くとは言わなかったので、ようは陰で傷つきます。

ようは喧嘩っ早い性格で、遊郭の主人や客に反抗したので、布団部屋にぐるぐる巻きにされ閉じ込められたりしました。

ようの同僚や先輩の遊郭の女からも嫌われ、それをからかったり、唾を吐きかけたりする女もいました。

それでも"よう"はへこたれず反抗し続けていました。そんな時いつものように布団部屋に閉じ込められていると、そこへ明里がやってきます。

明里は"よう"に高級なお菓子を持ってきてくれました。明里は"よう"に対してそのままでいてほしいと言い、その場を去ります。

それ以来明里に会うことはなく、お礼も言えませんでしたが、ずっとその意味が気になっていました。

桐八と隠居

ようは客に対しても喧嘩腰でしたが、それが逆に話題となり少ないながらも常連の客が付くようになりました。

そのうちの一人がいまの夫の桐八でした。明里と一緒に寝るためには三度通わなければならず、お金がないからと桐八はように言っていました。

ようは桐八に対して、他の常連の客よりも容赦がなく、辛口でした。桐八は口喧嘩はするものの、本気で怒ることはなく、ようと歳が近かったというのもありました。

当時、ようが勤めていた遊郭で2番人気だった白菊という女が、25歳を過ぎて、さらに格下の遊郭に移されたのを知り、"よう"は稼ぎが良くても出ていく金が多ければ借金は減らないということに気づきます。

人気が出ると、衣装代にお金がかかり、それがさらに借金となってしまうのでした。その中でも明里は例外で、明里を買い取りたいという客がたくさんいて、その代金もかなり高額なものでした。

"よう"の常連の客だった出雲屋の隠居は、70に届く年寄りで、体の関係もなく話をするだけで満足して帰っていく客でした。

隠居は歳をとっていくと町が色あせて見え、遊郭は全て嘘で成り立っていると思うようになったそう。その中でも一番のうそつきは明里だとその隠居は言います。

隠居によると、明里は自分自身を欺いているといいます。"よう"は少しそれに共感します。明里を見ると妙にイライラするからでした。

隠居の罪滅ぼし

"よう"は目を覚まし、看病をしてくれた明里に礼を言います。明里は料理座敷の2階まで運んできてくれたのでした。

明里はようの2つ年上で、今では30歳を迎えたはずでしたが、まだまだ若く少し自分が恥ずかしく思えました。

明里はようを夜ご飯に誘い、一緒に夜ご飯を食べることになります。彼女は自身が遊郭を辞めた翌年に"よう"も遊郭を辞めたことを知っていました。

ようの常連客の一人、出雲屋の隠居が"よう"を引き取ってくれたのでした。その価格は、61両という額で元の借金の5倍以上膨らんだ値段でした。

隠居はようを買い取ったものの、後の暮らしは好きなようにするといいと"よう"に伝えます。しかし"よう"の両親は借金が膨らみ夜逃げし、姉も男と駆け落ちしたため、行く当てはありませんでした。

隠居に好きな男はいないのかと聞かれ、ようは桐八の顔を思い浮かべます。ようは自分自身が一番驚きます。

隠居は体調が悪そうで、ようは心配でしたが、いままで女遊びで迷惑をかけた古女房のところへ行くと言ってその場を去ります。

昔よりも背が低くなった隠居の様子を見て、ようは涙を流し見送ります。

ようの腹の赤ちゃん

自由になった夜、ようは桐八に手紙を書くと、翌日の早朝すぐに桐八は駈けつけてくれました。

桐八は喜んで"よう"を家へ迎えてくれました。

これまでの経緯を明里へ話し終わると、明里は羨ましいと言います。ようはいまだに客と一緒に寝ることで、生計を立てていることを白状し、反論します。

それを聞き、明里はおなかの子は桐八との子供ではないのか尋ねます。ようは妊娠しており、そのせいで体調を崩していたのでした。

最近、買春業務の取り締まりが厳しくなり、半年ほど前から客を取っていなかった"よう"は、間違いなく桐八との子供だと言いました。

しかし、ようは桐八が自分たちの子供だと信じてもらえないかもしれないし、女の子なら自分と同じように辛い目に合うかもしれないと思い、生むのをためらっているのでした。

明里はそれを聞き、ようの子供なら精一杯抗うことができるはずだと言い切ります。

そして、明里は今の夫にだけは落札されたくなかったと語ります。

明里の鮮やかな笑み

明里は、遊郭育ちの自分が下女からも蔑んだ目で見られることに、結婚してから気づいたといいます。

そして、自分のおなかの中に赤ちゃんがいて、この子だけは変わらないといい、鮮やかな笑みを浮かべます。

その笑顔を見て、ようは一瞬ドキリとしますが、その正体がわかりません。すぐに明里も元の観音のような笑顔に戻ってしまいました。

もし生まれたら同い年になると言葉を交わし、明里は勘定をします。明里は不動明王にお参りする際に"よう"と出会ったといいます。

不動明王には迷いを断ち切る力があり、ようは何を明里が迷っているのだろうと疑問に思います。

ようは明里を見送りました。その姿は隠居と重なるものがありました。

心中死

それからしばらくの間体調を崩していましたが、柄にもなく桐八は心配し、賭け事も辞めてくれました。

ようは、いまだに桐八にお腹の中の赤ちゃんを打ち明けられずにいました。そんな時川岸でぼーっとしていると心町の差配の茂十がやってきます。

茂十は"よう"が体調を崩していた時、お菓子を差し入れしてくれたのでした。そんな茂十が"よう"に1枚の新聞を渡します。

その新聞には心中という文字が書かれています。女が札差の手代の槇之介という男と心中したという記事でした。

その名前には"よう"は聞き覚えがあり、思い出そうとすると、立ちくらみがします。

ようやく思い出すと、槇之介は明里を落札した札差のお供で、たびたび"よう"が勤めていた遊郭に来て、料理の用意や勘定をしていた男でした。

槇之介は顔が整っていて、何人もの遊女が引き込もうとしましたが、忠実に主人の戻るのを待っていました。

そこで、"よう"は明里の今の夫にだけは落札されたくなかったという言葉を思い出します。

さらに、明里が赤ちゃんがいるといったときの鮮やかな笑顔を思い出し、悪寒が走ります。

"よう"に対して、お腹の赤ちゃんは桐八との子供じゃないのかと聞いてきたのは、自分のことだったのだと"よう"は気づきます。

結末

隠居の一番のうそつきは明里だという言葉を思い出し、明里はお腹の中の赤ちゃんがどちらの子供か分からず、どちらにせよ嘘をつき続けなければならないということに気づきます。

明里が"よう"との別れ際に、お互いに楽しみだねという言葉に「嘘つき」と"よう"はつぶやきます。

そして、ようは大泣きします。茂十はおろおろし、心町のおかみさんたちが"よう"を慰めてくれます。

心町では、ように対して、遊郭上がりだということを馬鹿にされることはありませんでした。

"よう"は今夜桐八に自分が妊娠したことを打ち明けようと決心します。

灰の男

主な登場人物

茂十(もじゅう)…心町の差配。本名は久米茂左衛門。

楡爺(にれじい)…大隈屋六兵衛に拾われたぼけた老人。毎日楡の木の下で物乞いをする。

会田錦助(あいだ きんすけ)…茂十の旧友。

次郎吉(じろきち)…かつて江戸を騒がした盗賊。

修之伸(しゅうのしん)…茂十の1人息子。

佳枝(かえ)…茂十の妻。

峯田穂吉(みねたほきち)…修之伸の1番の親友。夜の見回り隊の一員。

  

茂十宛ての手紙

茂十はいつものように楡爺に声をかけていました。心町の差配になって12年になっていました。

楡爺はぼけていて、何も答えません。その様子を見ていた"よう"に何を言っても無駄だといわれます。

"よう"は明里の心中に気を取り乱していましたが、もう落ち着いていました。

楡爺は毎日、根津権現の近くの楡の木の下で、物乞いをしていました。

15年もの間物乞いをしていて、そこへ来た時から自分の名すらわからず、ぼけていたといいます。

茂十が昔のことを思い出していると、"ゆか"が声を掛けてきます。ゆかは心町になじみ、四文屋の一家は順調にいっているようでした。

ゆかが茂十宛に届いた手紙を届けてくれました。その手紙は毎年この時期になると届き、中身もいつも通りの文言でした。

会田錦助

師走の19日、茂十は蓮見という料理屋に入ります。そこは12年前からこの日付に旧友の会田錦助と会うのが決まりとなっていました。

錦助は茂十の1個年上でしたが、2人とも町奉行の下級役人の家に生まれ、家が近所で道場も同じだったため幼馴染でした。

錦助の一家は代々裁判の結果をまとめたり記録する役人で、茂十の一家は町の商品の価格を調査する家系でした。

茂十は最近、久米家に帰っておらず、それを錦助は心配している様子でした。また錦助は年明けで隠居するつもりだと茂十に明かします。

錦助は今年で57歳でした。町の役人は世襲制度で、3人の子供はすべて娘だったので、長女に婿を取りました。

しかし、仕事柄、金持ちからの賄賂などがあまりなかったため、数年前離婚してしまいます。その後末っ子の娘に婿を取らせ、順調に跡継ぎが見つかったと錦助は語ります。

錦助は、隠居するタイミングで茂十と錦助とその妻の萩で共に暮らさないかと提案します。萩は、2人と同じ幼馴染だったので気兼ねはいらないといいます。

それでも茂十はその提案を断ります。錦助はこれから過去の恨みを抱えたまま1人で死んでいくのか、と涙を浮かべます。茂十は過去のことを思い出します。

地虫の次郎吉

かつて江戸には、盗賊がいて、地虫の次郎吉と呼ばれていました。次郎吉は半年に一度商家を襲い、金を奪っていました。

殺しはしませんでしたが、女にも容赦なく、殴りつけることもありました。茂十は役人でしたが、直接関係のない役職だったのであまり気にしてはいませんでした。

しかし、茂十の息子の修之伸(しゅうのしん)は、地虫に関心を寄せていました。錦助の家同様に、修之伸も家の仕事が好きではありませんでした。ただ、金のためではなく、正義のためが内心でした。

修之伸は目を輝かせて地虫のことを語っていました。ちょうど師走の頃、仕事が忙しく中堅の立場だった茂十は帰れない日も多々ありました。

師走20日を過ぎたころ、真夜中に帰宅した茂十は、妻から修之伸が夜中に町の見回りをしていることを聞きます。

修之伸は仲間たちと、師走の半ばごろから毎日見回りをしているといいます。

茂十の妻の佳枝(かえ)は、1人息子の修之伸をひたすら心配し、茂十がもう17歳だから父親の説教は聞かないだろうといった時も、まだ17歳だと反論しました。

佳枝は修之伸の気持ちがわからないようでしたが、茂十はなんとなく察しました。修之伸は目指していた父親の姿が現実では地味なもので、失望したのだと茂十は思いました。

茂十自身も役人についての勉強が始まった時、同じようなことを思ったからです。茂十はそのうち落ち着くだろうと考えていました。

佳枝は茂十が楽観的だったので、錦助に相談し、錦助は修之伸たちと自分たちで酒の席を設けることを提案します。

6人の若者との宴会

集まったのは、茂十と錦助、修之伸と峯田穂吉(みねたほきち)に加えて4人の若者がいました。穂吉ば修之伸と最も仲の良い友人です。

6人の若者はそれぞれ役職は違いましたが、全員事務の作業についている役人でした。

最初6人の表情は硬く警戒していましたが、錦助が若者に夜の見回りをねぎらうためにこの場を設けたというと、にぎやかな酒の場となりました。

茂十自身も、夜の見回りを茶番と考えながらも息子の純粋な心を好ましく思っていました。若者たちはかなり酔ってしまい、帰りは舟を2艘用意して帰りましたが、若者は修之伸以外眠りこけてしまっています。

茂十と修之伸は舟から船着き場に作られた雪だるまを見つけます。修之伸が昔作った雪だるまの話をして昔話をしていると、2人は青い光を見つけます。

修之伸はそれが地虫の仲間たちへの合図なのではないかと疑います。その青い火が消えてしまい、修之伸は穂吉を叩き起こし追いかけようとします。

茂十は追いかけていって返り討ちに合うかもしれないと恐れていました。なにより息子が心配でした。6人の若者はまだ酒が抜けていないようでしたが、飛び出していきます。

茂十と錦助は止めましたが、いうことを聞きませんでした。茂十は錦助に役所に伝えるようにお願いし、自身は6人の若者を追いかけます。

地虫との決闘

この日は月が細く、何も見えませんでしたが、必死に修之伸を追いかけます。その時ふいに雪で足が滑り、茂十は転んでしまいます。

そんな中2人分の足音がこちらに近づいてきました。茂十が身を起こすと同時にぶつかり、ぶつかってきた男が茂十の上にかぶさる形で倒れます。

その男の顔からは凶悪さが溢れていて、直感的に賊だと悟ります。その賊が匕首を振りかぶります。その時修之伸がそこへ駆けつけます。茂十は息子の姿が頼もしく思えます。

賊は茂十の上から飛びのきます。身のこなしからその賊が地虫だと茂十は悟ります。

茂十は10年ほど剣術から離れていていましたが、ちょうど地虫を修之伸と茂十がはさむような形でいて、茂十と修之伸は長刀を構えていたのでかなり有利でした。

茂十は勝ったと思います。親子二人で地虫を捉え、妻の佳枝の喜ぶ姿が頭に浮かびます。その時修之伸の背後の闇から若い男がとびかかり修之伸の腰にしがみつきます。

しがみついた男は頭(かしら)逃げろと叫び、地虫も斉助!(さいすけ)と叫びます。修之伸が振り払おうと身をよじった時、雪で足を滑らし2人の体が倒れます。その拍子に赤い血が飛び散ります。

一瞬の静寂の後、治郎吉が斉助と叫びます。倒れた際に修之伸の刀が斉助の首を搔き切ったのでした。修之伸は人を殺したことなどなく、呆然と座ったままいます。

地虫は怒り、憎悪に満ちた声で叫びます。茂十は修之伸の名を呼び続けますが、返事は帰ってきませんでした。

修之伸の死

修之伸に取りすがって泣く穂吉や、運ばれる2人の死体など、1日たっても茂十は思い浮かばれます。茂十は息子が斬られる所を黙ってみていたにすぎませんでした。

穂吉らが到着したことで、修之伸を殺した地虫は立ち去り、茂十は命を救われたのでした。お奉行では、茂十たちの勝手な行動にお咎めを受けていました。

お奉行は若者たちに𠮟責しましたが、若者たちが出ていったあと、こっそりお奉行は地虫の次郎吉の尻尾をつかんだことでお咎めは無いだろうと言ってくれました。

穂吉らはどうにか地虫の手下の一人を捕まえていて、拷問を行い次郎吉以外は捕まえることができました。若者たちが茂十をかばってくれたことやお奉行のやさしさは茂十にとってどうでもよいものでした。

次郎吉の顔を見たのは茂十一人だったので、似顔絵が書かれて、より深く茂十の心に刻み込まれました。しかし、それ以来次郎吉による事件はぱったり途絶えます。

世間からも忘れられたころ、茂十は根津権現の楡の木の下で、次郎吉と出くわすことになります。

仇敵との再会

茂十は親族の者に家を譲り、自身は隠居しました。家に居場所もなく暇で、根津権現へ行き裏門から出ると、楡の木の下に物乞いをしている男がいました。

ついでに小銭をその男の欠け茶碗の中に入れてあげると、その男は顔を上げ感謝の言葉を伝えます。茂十はその男と目を合わしたとき雷が落ちたようでした。

その顔は地虫の次郎吉でした。茂十はその男の胸ぐらをつかみ、暴言を吐きますが、その男はただ怯えているだけでただのぼけた老人でした。

その時背後から駆けてきた男がそれを止めようとします。茂十は刀を携帯していたので、駆けてきた男は地面に頭をこすりつけて許してやってくれと訴えます。

その男に老人の名や住まいなど聞くと、震えながら全く分からないと答えます。ただ楡爺とみんなから呼ばれていると答えました。

駆けてきた男は自分の名前を稲次と言い、四文屋という料理屋を営んでいると答えます。楡爺がここに住み着いてから2年になり、盗賊とは他人の空似だと稲次は答えます。

野次馬も集まってきていたので、茂十は2人を帰すことにしました。

茂十の妻の佳枝

茂十は我慢ならず、そのままお奉行へ向かいます。5年前と同じお奉行と話をすることができ、次郎吉を見つけたと伝えます。

その与力(現代の裁判官のような人)は少し考え、少し考えさせてほしいといいます。茂十は一刻も早くしてほしいといいますが、次郎吉を見たのは茂十1人だったため嘘をついていても分からないと答えました。

与力は茂十の妻が死んでもうすぐ3年だということを知っていました。与力の眼の中には憐れみが見えます。茂十の妻の佳枝は2年前に死んだのでした。

佳枝は自殺か事故かわかりませんでしたが、川に落ちたのでした。佳枝は何度も茂十に対して、どうして息子を見殺しにしたのかと問いていました。

夫に怒りを向けているうちはまだましでしたが、修之伸が死んでから1年がたった後、妻の甥夫婦を養子に取ってから妻はやつれていきました。

茂十の親族は血縁のうちから養子を選ぶべきだと反対が多かったですが、妻に対する償いの意味と妻の恨み言から逃れたかったため、養子に取ることに決めました。

妻を甥夫婦に託して、自身は1人で小さな家に住みました。養子夫婦は妻にやさしくしてくれましたが、佳枝は次第に心を病んでいきました。

なぜ茂十は妻のように心を病んでいかないのかと考えていましたが、まだ息子の仇の次郎吉が生きているからだと気づきます。

息子の死から3年半後、養子夫婦が少し目を離したすきに、妻は家を出て死んでしまいました。夫婦は泣いて謝ってくれましたが、茂十はこれ以上妻の苦しむ姿を見なくて済むとホッとしました。

心町の差配茂十

与力に息子が死んでから何年たつか聞かれ、5年半だと茂十は答えます。茂十は与力が信用していないのは、次郎吉の顔を見てからそれだけ時間がたっているのだと言います。

与力は心町を調査してくれましたが、怪しいものは見つからなかったという返事が返ってきました。問答無用で捕まえることもできたが、最近新しくなったお奉行が承知しなかったと言います。

その帰り、茂十は錦助を訪れ、楡爺を見張ることを伝えます。そのために人を借りれないか錦助に相談しに来たのでした。

錦助は心町が訳有りな土地で、町奉行が持つ土地ではなく、近くのお金持ちが持つ土地だと錦助は言います。なのでそこから罪人が出たらお金持ちの名が汚れるとのことで奉行は楡爺を捕まえなかったのではないかと答えます。

そして、錦助は茂十に心町の差配となり、内側から楡爺を見張るのはどうだと提案します。今の差配も老人で、故郷に帰りたがっていると言います。

茂十はひそかにその老差配へ会いに行きます。以外に老差配は返事を渋りました。長屋の者たちが家賃を払えるほどのものがいないことを心配しているようでした。

茂十は正直に訳を話し、成し遂げたいことがあるから差配になりたいといいます。すると老差配は了承し、何があったのか聞かないのが心町の決まりですからと答えました。

老差配は菩薩のような笑顔で微笑みます。

稲次の気遣い

茂十が差配になってからも、ことは慎重に進めました。稲次の存在があったからです。侍の格好で楡爺を問い詰めていたことを知っていた稲次が、茂十が差配になったことを怪しむのではないかと考えていましたが、以外にあっさり受け入れてくれました。

それでも人のいないところで、楡爺を殴りつけたり、恨み言をぶつけたりしましたが、楡爺は楡爺のままでした。

楡爺は治郎吉の心を離れて、灰の男となってしまったのでした。茂十は何度もこの町を出ていこうと思いましたが、出ていくことはできませんでした。

無駄だと悟り、乱暴をやめ、一日2度のあいさつと、気遣いや小銭を入れてあげたりしていました。そんな時、四文屋でご飯を食べに行くと、ピカピカの味の刺身が出てきました。

稲次は楡爺にやさしくしてくれる礼だといいます。稲次は最初に楡爺の胸倉をつかんでいたのを覚えていたのでした。しかし、稲次は何があったのか聞かずにいてくれました。

そんなある日、いつものように返事のしない楡爺に他愛のない話をして、楡爺を小屋へ送っていました。その近くに住む六兵衛長屋の女4人がにぎやかな声を出しています。

赤い雪だるま

彼女たちは大きな雪だるまを作っていて、なかなかな上手な出来でした。茂十は修之伸が殺されたのを思い出し、胸に痛みが走ります。

"おつや"がその雪だるまに真っ赤な羽織をかぶせます。まるで血の色のようで、茂十は吐き気を催します。その時、楡爺が目を見開き、体を震わしています。

その時、楡爺は斉助と大きな声で叫びます。楡爺を見つけて12年、息子を失って18年のことでした。

茂十にとって待ち続けた好機が目の前にありました。心配している女たちを小屋に帰して、茂十と楡爺は物置小屋に帰ります。

楡爺を座らせても、楡爺はぶつぶつとつぶやいている。茂十が斉助というのはお前の手下だろうというと、楡爺は茂十に縋り付き、斉助が殺されちまったと言います。

茂十が殺したのはそっちだろうと反論すると、楡爺は俺の息子が死んでしまったといいます。茂十は混乱しますが、続けて楡爺は自分とおりょうとの子供にやっと会えたのに、父親と名乗れずに死んでしまったと言います。

楡爺(治郎吉)は息子の仇を討つために、修之伸を殺したのでした。茂十は楡爺と自分は全く同じで、ここにいるのは息子を失った父親たちだと気づきます。

茂十は修之伸の名を呼びながら泣きます。以前も斉助の名を楡爺の前で出しましたが、記憶の扉は空きませんでした。息子の血を浴びた雪だるまと先ほどの雪だるまが記憶の扉をこじ開けたのでした。

結末

楡爺は泣きながら寝て、翌日には元のぼけた老人に戻っていました。また雪だるまを作ってみようかと考えていましたが、大晦日の朝に楡爺は死んでしまいます。

楡爺を亡くした時の心の喪失感は、妻や息子を亡くした時と同じでした。しばらくの間ぼんやりしていると、おちほが心配してくれました。

おちほは明日手代との結婚式を開く予定でした。それに茂十も招かれており、その後おちほは心町を出ていくことになっていました。

おちほにこの町を出ていくのか聞かれます。おちほは茂十にこの町にいてほしい、茂十がいるのが当たり前になっていると言います。

茂十を日常に帰してくれたのは心町の人たちでした。

感想

昔の時代には好きな人と一緒になることが難しかったようです。その悲しさを「明けぬ里」は表されていました。

特に好きな人の主人に買われてしまった明里は、深く落ち込んだことでしょう。その結果心中という選択をしてしまいました。

しかしその明里の言葉で、ようは子供を産むことを決意することができました。少し悲しい結末でした。

「灰の男」では、過去のお話で登場した、「明けぬ里」の"よう"、「はじめましょ」の"ゆか"、「閨仏」の妾4人などがこのお話で出てきて、少し面白かったです。

12年も恨んでいた相手が、自分と同じ息子を亡くした父親だという結末は、かなり驚きました。とても面白いお話でした、ぜひ実際の書籍でも読んでみてください。

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