「心淋し川(うらさびしがわ)」ネタバレ感想 -著:西條奈加(さいじょう なか)-
2021/10/22
カテゴリー:小説
概要
こちらの記事は心淋し川のお話の中の「はじめましょ」「冬虫夏草」の2つのお話についてネタバレ感想しております!
引き続き心川の流れる心町が舞台となっていて、そこで引き起こされる人間模様のお話となっています。
夫に逃げられ、妻一人で子供を育てることの苦しさ、姑にいじめられる妻など一昔前の日本のお話ですが、現代の今にも通じるようなお話になっています。
前回のお話と直接的なつながりはないですが、まだ読んでいない方はそちらを読んでから本ページに戻られることをお勧めします!
目次
はじめましょ
登場人物
与吾蔵(よごぞう)…四文屋の主人。稲次の後を継いだ。
稲次(いねじ)…四文屋を開いた先代。与吾蔵の元兄弟子。
ゆか…与吾蔵が根津権現で出会った女の子。
おるい…与吾蔵が昔付き合っていた女。妊娠をきっかけに別れた。
茂十…心町の差配(管理人)。
与吾蔵と稲次
与吾蔵は四文屋という4文銭でおなかがいっぱい食べられる飯屋さんの主人でした。
このご飯屋さんは先代の稲次という男から引き継いだもので、そのお店は心町という貧しい町にありました。
稲次は博打をよくやっていて、借金があったため、心町でお店を開きましたが、稲次の腕が良かったため、常連客もすぐできました。
与吾蔵と稲次は栄江楼という名高い料亭で同じ料理人をしていて、一番下の弟子が与吾蔵で、稲次はその8歳上の弟子でした。
兄弟子と弟子との関係は陰湿で理不尽なもので、与吾蔵にやさしくしてくれたのは、稲次だけでした。
稲次は気弱で兄弟子からも年下の弟子からも馬鹿にされ、そのストレスで博打に走り、それが栄江楼にばれて首になってしまいます。
与吾蔵は稲次とは違って気性が荒く、栄江楼の常連客を殴ってしまったことから与吾蔵も首になりました。
稲次は栄江楼をやめてから、四文屋を開き、稲次はいろんな料理屋を転々としながら、たまに四文屋へきて、稲次に愚痴をこぼしていました。
稲次の急変
そんな時、稲次が倒れたとの知らせが与吾蔵の元に届きます。
与吾蔵が看病に四文屋を訪れると、稲次は借金を返し終えて気が抜けてしまったのだといいます。
加えて、与吾蔵にこの四文屋を継いでくれないかと頼みます。
与吾蔵はそれを聞きながら、稲次がこの世に残したのはこの四文屋とう店だけなのかもしれないと思い、胸が締め付けられます。
与吾蔵は稲次の頼みを聞きいれ、翌日から稲次の看病をしながら店を回すようになります。
材料はろくなものがありませんでしたが、工夫次第でちゃんとした料理に仕上がることが与吾蔵は楽しく思えました。
さらに四文屋に訪れる客からも、いろんなアドバイスや美味しいという声を直接聞くことができました。
これまでの料亭では、調理場と客席がきっかり分かれており、直接美味しいという言葉を聞くことがなかった与吾蔵はこの仕事にやりがいを感じます。
それからの日々は稲次に毎晩、その日の献立や客の評判を語るのが日課となりました。稲次は楽しそうに聞いてくれ、与吾蔵に感謝の言葉を伝えます。
その後稲次は声を上げることなく、静かに息を引き取りました。
はじめましょの歌
稲次が亡くなり落ち込んでいた与吾蔵は、その年内は四文屋を閉めていましたが、店を開けてほしいとの常連客からの声で正月からお店を開けることにしました。
店を回しているうちに気が付くと稲次が死んでから7年の時がたっていました。
与吾蔵は魚屋や八百屋へ毎日の売れ残りを安く仕入れに行くのが日課でした。そして、豆腐屋さんへ行く前に根津権現というお寺によるのも毎日の日課でした。
稲次が病に倒れてから7年間通っている神社で、生前の稲次が気にかけていた神社の物置小屋に住む楡爺というおじいさんに時々余ったご飯を届けていました。
ある時いつものようにお参りをしようとすると、小さな歌声が聞こえてきます。その歌を聞き与吾蔵はある女の人を思い出します。
与吾蔵がその声の主を探すと、石段のところに小さな女の子がいました。記憶が昔にさかのぼり、おるいという女が与吾蔵の頭の中に出てきます。
女の子に与吾蔵は駆け寄り、大きな声でその歌をどこで覚えたか尋ねます。女の子は怯えた顔をしてしまい与吾蔵はあわてて言い訳をします。
その歌を聞いたことがあり、懐かしくて声をかけた。ちゃんと歌も歌える。と言って与吾蔵は歌いだしますが、調子が外れていて、女の子は笑い出します。
女の子の怯えはとれたようでした。与吾蔵はもう一度どこでその歌を覚えたか聞くと、女の子は母親から教わったといいます。
与吾蔵は胸を弾ませ、母親はおるいという名前かどうか尋ねます。しかし女の子は違うと答え、与吾蔵は肩を落とします。
女の子はこの歌がはじめましょの歌だと与吾蔵に言い、どこでこの歌を知ったのか尋ねられます。与吾蔵は昔のことを思い出します。
おるいとの出会い
おるいは与吾蔵がいろんな料理屋を転々としていた時に出会った女でした。
今木という与吾蔵が半年ほど勤めていた料理屋で仲居をしていたのがおるいで、与吾蔵が店をやめてから3年ほど付き合いをしていました。
稲次が倒れたという知らせが入る少し前に、おるいと喧嘩をして、怒鳴りつけ泣いているおるいをその場に残して与吾蔵はその場を立ち去ったのでした。
その後、謝ろうとおるいが勤める料理屋を訪ねますが、すでにおるいは辞めた後でした。
喧嘩のきっかけはおるいのお腹の中の赤ちゃんで、与吾蔵の子供だとおるいは伝えますが、与吾蔵はその言葉を信じず、誰の子かわからないのなら腹の子供を下ろせと汚い言葉を投げつけたのでした。
気が付くと、女の子が心配そうに与吾蔵を見つめています。
ここで何をしているのか与吾蔵が訪ねると、お母さんを待っていると女の子は答えます。なぜ家で待っていないのか聞くと、家が嫌いだからと答えました。
聞いてはいけないことを聞いてしまったと与吾蔵は感じ、与吾蔵は女の子に謝って、豆腐屋へ向かいます。
翌日の根津権現
四文屋に戻りお店を開いて、与吾蔵はぼーっとしていると、心町の差配(管理人)の茂十がなにかあったのか与吾蔵に尋ねます。
与吾蔵はごまかし、茂十が美味しそうにご飯を食べているのを見て、気が抜け、はじめましょの唄を口ずさみます。
すると、茂十はそれは地口尻取りだと教えてくれました。茂十によると、元々はお上の人の言葉遊びで、その後書物が出て世間に広まったといいます。
茂十は言葉は知っているが、唄になっているのは初めて聞いたといいます。思い返すと、女の子が歌っていたはじめましょの唄の音とおるいから聞いた唄の音が全く同じでした。
翌日は前の日よりも遅い時間に根津権現につき、石段のところへ行きましたが、女の子の姿はありませんでした。
与吾蔵は女の子と母親をたどっていけば、おるいにたどりつくかもしれないと思っていたので、がっくり肩を落とします。
また与吾蔵は昔のことを思い出します。
与吾蔵とおるいはお互い住み込みで働いていたので、時間を決めて外で会っていました。事が済んだ後、おるいはよく小声で歌を歌っていました。
その日の献立を唄にして歌っていたりして、その場限りの唄も多かったですが、はじめましょの唄だけはお気に入りでよく歌っていたのを与吾蔵は思い出します。
そんな時、後ろから腰を叩かれ、見ると昨日の女の子がたっていました。与吾蔵はもう一度女の子にはじめましょの唄を歌うようお願いします。
何度聞いてもおるいと同じ歌でした。再度与吾蔵は苦い思い出を思い返します。
ゆか
ある日、おるいが待ち合わせの場所に来ず、おるいの勤める今木までおるいの様子を見に行きました。
おるいは店の前で番頭を話をしていて、おるいは深刻そうな顔をしていました。おるいのそんな顔を与吾蔵は見たことがなく、その番頭は女たちに人気の番頭でなぜか無性に腹が立ちました。
そのまま与吾蔵は声をかけることなく、帰ってしまい、その後おるいから店の客が倒れてひと騒動あったのだと説明されてからも、番頭のことを気にしていました。
そして、おるいから子供ができたと聞いた時に与吾蔵は番頭の子供ではないかと思い、喧嘩になってしまったのでした。
女の子は読み書きが得意なようで、おるいと与吾蔵は不得意だったため余計この女の子は自分たちの子供ではないと与吾蔵は思ってしまいます。
その後与吾蔵は女の子に自分の名を名乗ります。すると女の子も自分はゆかだと名を明かしてくれました。
与吾蔵は明日もまたここに来るから鬼ごっこやかくれんぼをして遊ぼうと、ゆかと約束しました。
ゆかの母親
それ以来、与吾蔵は根津権現でゆかと遊ぶようになりました。ゆかは新しい言葉を覚えるのが好きで、いつもしりとりをして遊びます。
与吾蔵は言葉をあまり知らず、7歳のゆかに勝てません。与吾蔵はゆかに習字に通うよう勧めますが、叔母さんが許してくれないといいます。
ゆかによると父親は亡くなり、母親は住み込みで働いているため親戚の家に住み、その家で厄介者扱いされているといいます。
ゆかの母親は料理屋の仲居をしていて、最近忙しくて帰ってこれていないそう。いつも母親は根津権現の境内を通って帰ってくるので、ここで遊んで待っているとゆかは言います。
与吾蔵はゆかに母親に会ったら、おるいのことを聞いてほしいのと、どこではじめましょの唄を知ったのかを聞いてほしいとゆかに頼んでいました。
10日ほどゆかと遊んでいて、また明日ねとゆかに言われましたが、明日は稲次の命日だったので、来れないとゆかに言います。ゆかは残念そうです。
明後日は卵焼きを作ってやると言って、与吾蔵がその場を去ろうとしたとき、ゆかの母親が現れます。
ゆかは一目散に母親の元へ駆けつけ、ゆかは会えなかった分を取り戻すようにして懸命にしゃべっている様子でした。
ゆかが思い出したように、与吾蔵のほうを指さし、母親が顔を上げると、ゆかの母親はおるいでした。
大晦日の夜
与吾蔵がおるいとつぶやくと、ゆかが母親の名前はおるいではなく、"れん"だといいます。
以前働いていた料理屋では同じ名前のれんという人がもう1人いたので、おるいという名前を使っていたのでした。与吾蔵はもう1人のれんという名前の仲居を嫌っていたのでわざわざ口にしなかったそう。
おるいは、これまでのままおるいと呼んでほしいといい、今は別の店で仲居をしているそう。
与吾蔵はおるいにたいして謝ろうとしますが、ゆかの前ではやめてほしいとおるいは言います。おるいと別れてから7年ぶりの再会でした。
与吾蔵は三文屋に一度ゆかと一緒に遊びに来てほしいと誘いますが、おるいは困った顔をします。もうほかの男ができたのかもしれないと与吾蔵は思います。
稲次の命日の後、与吾蔵は卵焼きを作って根津権現に出向きます。ゆかは予想以上に喜んでくれて、その後も根津権現でゆかと一緒に遊んでいました。
ゆかも与吾蔵が父親になってくれたらいいのにとこぼし、与吾蔵も胸を膨らませます。与吾蔵はゆかを通して、おるいと3人で初詣に行かないかと誘い、おるいはそれを了承してくれたので、与吾蔵は喜びます。
与吾蔵は、初詣の時に、おるいに夫婦になろうというつもりでした。そんな初詣の前日、大晦日におるいが四文屋を訪れます。
結末
与吾蔵は驚きますが、嫌な気持ちは全くなく2人でお酒を飲みます。
与吾蔵は以前汚い言葉をおるいに投げかけたことを詫びようとしますが、おるいは分かっていないと言います。
おるいは与吾蔵と連絡が取れなくなった時、おなかの子供が邪魔で逃げてしまったとおるいは思いました。
それを聞いて、与吾蔵は謝り、もう一度やり直せてくれとおるいに頼みます。おるいは今日来たのは別のことで、ゆかに関することだといいます。
おるいはゆかが与吾蔵の子供ではないと言いました。与吾蔵は肩を落とします。加えて、おるいはゆかが拾い子だと打ち明けます。
与吾蔵が驚き、顔を上げると、おるいは悲しいというより悔しそうでした。おるいのおなかの中にいた子供は早産ですぐに死んでしまったといいます。
その後おるいはお寺の境内に捨て子があったと聞き、すぐに引き取ったそう。おるいの勤めていた料理屋の常連客の老夫婦の手伝いもあり、引き取ることができたといいます。
しかし、ゆかが4歳の時、老夫婦の妻が死に、夫はぼけてしまい、息子からは関わりたくないと放り出されてしまいます。それのせいでゆかを遠い親戚に預けることになり、ゆかは肩身の狭い思いをしてきたといいます。
与吾蔵と再会した時、黙っておこうとおるいは思いましたが、ゆかは賢い子だったためすぐにばれてしまうと思い、今日白状しに来たといいます。
おるいは涙をぬぐい、ゆかにはもう会うことができないと伝えておくと言って、その場を去ります。与吾蔵は引き留めようと思いましたが、体が動きませんでした。
翌日の朝、差配の茂十が正月のあいさつに尋ねてきます。茂十は以前話していた地口尻取りの本を見つけたと言って与吾蔵に渡します。その本を見ると、嬉しそうなゆかの笑顔が浮かびました。
与吾蔵は酒に酔った頭を覚まし、四文屋を飛び出します。
冬虫夏草(とうちゅうかそう)
主な登場人物
富士之介(ふじのすけ)…吉の息子。貧乏な長屋に住むことに不満を持っている。大けがをして寝たきりの状態。
吉(きち)…富士之介の母親。吉の世話をしながら、内職をして生計を立てている。
津賀七(つがしち)…富山出身の薬売り。吉と知り合い。
茂十(もじゅう)…心町の差配(管理人)。
三代目寿兵衛(じゅへえ)…吉の夫で、富士之介の父親。
江季(えき)…富士之介の妻。山崎屋の次女。
貧乏長屋の富士之介
ある貧乏長屋で、1年中朝から晩まで富士之介の文句を言う声が響いていました。近所の人たちはまたかとうんざりした顔をしています。
その文句のすべてが母の吉に対するもので、罵倒そのものでした。吉の息子、富士之介は昔大けがを負い、歩くことも立つこともできない体で、そのストレスを酒で紛らわしていました。
近所の人も追い出したいのは山々ですが、息子の世話をする吉がかわいそうで面と向かって口にはできません。
吉本人は、自らの生い立ちを語ることはありませんでしたが、言葉遣いや立ち振る舞いから育ちの良さがにじみ出ていました。家計は吉の内職で支えていました。
富士之介はほぼ毎日、吉に体を拭いてもらっていて、感謝の言葉1つ言わず、当たり前だと思っているようでした。
長屋の人たちが我慢ならないのは、みんなが思っているような日々のささやかな不満を富士之介が漏らすことでした。富士之介だけはこの心町になじまず、大旦那の気持ちのままでした。
そんな時、長屋に薬売りが訪ねてきます。その男は置き薬を勧めてきて、使った分だけ後でお会計をいただくという商売をしていました。
その薬売りが長屋の差配の茂十のところへ行こうとすると、ばったり吉と出くわします。すると薬売りの男は吉をみつめ、高鶴屋のおかみではないかと尋ねます。
薬売りは自らを富山の津賀七と名乗り、高鶴屋の時はお世話になりました。といいます。
それを聞いて、吉は記憶をさかのぼります。
高鶴屋
吉の夫、3代目寿兵衛は医者に負けないほど薬の知識を持ち、高鶴屋という薬問屋さんで主人をしていました。
新しいお店ではありましたが、ひいきにしているお客さんも多く、店は繁盛していました。寿兵衛は裏方で薬の研究をしていましたが、陰で店の繁盛を支えていました。
吉は21歳でこの家に嫁ぎ、高鶴屋の若女将としての立場にもすぐになじみました。しかし唯一姑の存在が厄介でした。
姑は夫の3代目寿兵衛の世話を焼きたがり、食事や身支度まですべて姑がしていて、夫もそれを当たり前だと思っていました。
吉は妻として働けない物足りなさを息子の富士之介に注ぐようになります。富士之介は体が弱く、手厚く看病をしました。
富士之介が12,3歳になったころ姑が亡くなり、その後夫の世話を吉がするようになり、勝手が違うと夫に愚痴をこぼされるようになります。
しかし一番の問題は富士之介が学問の血を引いていないことでした。覚えが悪く、飽き性でした。
いつも遊びばかりをしていて、父親の寿兵衛が富士之介を説教しているのを見ると、吉は富士之介が不憫に思えるのでした。
吉は富士之介の遊び癖を心配するよりも、丈夫になって元気に暮らしてくれればそれでいいと考えていました。
富士之介が20歳になった頃、嫁にしたい娘がいると両親に相談しに来ました。その娘は山崎屋の次女の江季という女でした。
毛虫のような女
この時代では縁談は両親が決めるもので、当人が惚れて相手を決めるのは良家でははしたないという考えでした。
さらには、江季がまだ16歳ということで、若女将としては若すぎて頼りないというのもあり、吉と寿兵衛は反対しました。
一方で、江季の家の山崎屋が高鶴屋よりも規模が大きかったというのもあり、周りの親類からは賛成している者もいました。
加えて、いつも飽きっぽい富士之介が熱心に頭を下げていたこともありました。寿兵衛は根負けして、縁談を受け入れることにしました。
初めて吉が江季とあった時、毛虫のような女だと吉は思いました。大事な息子がこの女に食い散らかされるような気持ちがしました。
とんとん拍子に話が進み、江季は高鶴屋に嫁ぎました。
これまで、ご飯を食べる順番は夫や跡継ぎが先でそのあとに妻がすますことが高鶴屋の風習でしたが、山崎屋では一家そろって膳を囲むと富士之介は言い、それに吉は反対します。
それが裏目に出て、富士之介と江季は別の部屋で食事をするようになりました。さらには、富士之介夫婦は毎月のように着物を新調し、湯水のようにお金を使いました。
吉がそれに口を出すと、江季は実家の父に泣きつきました。山崎屋からは支払いはすべて家で持つから好きにさせてやれと吉をいらだたせました。
そのころになると、すっかり江季の趣味に富士之介が染められ、着物などの支度も江季がするようになります。吉は息子の世話を焼く楽しみを奪われたのでした。
三代目の死
吉がその不満を夫に漏らしますが、夫は富士之介が全く家業に専念していないことで頭がいっぱいでした。
その原因が妻の江季にあるということを夫の寿兵衛は気づいていないと吉は考えます。
初代寿兵衛は、富山の出身であったため、富山から来た薬売りは高鶴屋は大切にしていました。寝泊まりさせ、飯をふるまい、吉もお世話をまめにして、彼らから慕われていました。
江季も薬売りのお世話を手伝いましたが、お嬢様育ちで使い物にならず、吉は江季を𠮟責します。それを聞いていた富士之介は江季をかばい、母親の吉に噛みつきます。
吉はいつの間に息子との距離が離れてしまったのかと落ち込みます。その姿を見た津賀七という薬売りは吉を励ましてくれました。
津賀七も姑間のいざこざは耳に入っていただろうに、わざわざ知らぬふりをしてくれ、吉をねぎらってくれました。
三代目寿兵衛は、息子の富士之介が商いをまったくしなかった心労や年齢もたたって、富士之介が結婚して2年後に寿兵衛は亡くなりました。
寿兵衛の豊富な薬の知識が高鶴屋を支えていたために、名高い医者やひいき客もそれ以降訪れなくなりました。
加えて、富士之介の悪い噂が回っていて、高鶴屋は下落していきました。富士之介は父親が死んでからも遊びまわり、四代目寿兵衛を名乗ってからも、店に寄り付きませんでした。
吉は夫の死よりも、息子への思いを持て余していました。そんな時、吉が店の暖簾を下ろしていると、嫁の江季が富士之介が侍にからまれ、大けがをおったと泣きつきます。
富士之介の喧嘩
富士之介はいつものようにお酒を飲み歩いていて、若い武士の集団とぶつかってしまいます。向こうから詫びを要求されますが、富士之介は逆に食って掛かり、富士之介は何度も殴られ、蹴り上げられました。
それを遊び仲間がここまで連れてきたといいます。吉はあざだらけの富士之介の姿を幼いころの富士之介と重ねます。
江季は泣いてばかりで役に立たず、吉は片時も離れず看病します。医者によると、背中を強く打ち、もう立てなくなるかもしれないといいます。
吉はそれを聞いて、悲しみますが同時に希望が芽生えます。これから毎日富士之介のそばにいられることに喜びを感じたのでした。
富士之介も母親の熱心な看病に感謝していましたが、医者から一生歩けないということを伝えられると、わめきたて医者を追い出しました。
次第に母親に対する態度も感情的になっていきます。富士之介は江季を呼んでくれと言いますが、吉は富士之介に江季は実家に帰っているといいます。
実は、吉は江季がまだ若いのだから、他の結婚相手を探すよう伝え、追い出したのでした。江季が唇をかみそれを見て、勝ったと吉は思います。
江季はそれでも富士之介といたいといいますが、無理やり吉は江季を追い出しました。富士之介はさらに荒れていき、そのすべてを母親にぶつけます。
それでも吉は富士之介がそばにいてくれることの幸せを感じていました。
結末
差配の茂十は吉を自宅に招き入れました。茂十は津賀七から経緯を聞いていたようです。
富士之介と江季の離婚が成立した後、火事で高鶴屋は燃えてしまいます。火事がなくても資金繰りに困り結果は同じようなものでした。
家事の後、山崎屋の主人が出てきて、自分のところで面倒を見るといいます。江季が仕向けたのだろうと吉は思いました。
吉はその提案をきっぱり断り、親戚の家を転々として、心町にたどりつきました。そのころには手元のお金はほとんどありませんでした。
津賀七は今の吉を見て、かわいそうに思い、何か手助けができないか茂十に相談したのでした。
津賀七が今出入りしている薬問屋には高鶴屋の先代と親しかった者も何人もいるので、その人の中にお世話をしてくれる人がいるかもしれないと茂十は提案します。
しかし、吉は今の暮らしが気に入っているといい、断りました。
茂十はもし吉が先に死んでしまえば、後に残された富士之介はどうするのかといいますが、詮索しないでほしいと吉はその場を後にします。
津賀七は茂十に吉が昔よりも若く見えるといいました。茂十は子供のためにと口にする母親は、実のところ自分のことしか考えていないのだろうと思いました。
感想
「はじめましょ」と「冬虫夏草」は結末が全く違います。
「はじめましょ」の方は、おるいと再会した与吾蔵の新しい生活が始まる予感を感じさせますが、「冬虫夏草」の方は母親の息子に執着し続ける様子が恐怖を感じるまであります。
「心淋し川」のお話でも、ちほのためを思って、喧嘩をした父親のように、親子の複雑な関係が描かれていました。
現代でも姑と妻の関係はギスギスしていたり、成人しても親のすねを齧り続けていたり、などなど昔も今もあまり変わらないのかもしれません。
読む人によって登場人物への印象が変わりそうな良いお話でした。
心淋し川にはあと2つのお話があります。今後更新予定なので、続きが気になる方は是非SNSフォローしてお待ちください!