一人称単数 -著:村上 春樹- ネタバレ感想4
2021/12/03
カテゴリー:小説
概要
このページでは「品川猿の告白」「一人称単数」の2つのお話のネタバレをしています!
この2つのお話がこの単行本の最後の2つのお話となります。
まだ他のお話読んでいないよーという方は前のお話を読んでから戻っていただくことをお勧めします!
part1:「石のまくらに」「クリーム」
part2:「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」「ウィズ・ザ・ビートルズ」
part3:「ヤクルト・スワローズ詩集」「謝肉祭」
目次
登場人物
・僕…温泉街へ1人旅をしに来て、あるみすぼらしい宿に泊まることになる。そこである猿と出会う。
・品川猿…僕が宿の温泉で出会った猿。人間の言葉が喋れる。
みすぼらしい宿
僕は群馬県M*温泉にの小さな旅館に泊まった時、ある年老いた猿と出会います。
それは5年前、1人旅をしていてある温泉町についた時夜の19時を回っていました。どこの宿も夕食の時間を過ぎていて、なかなか泊まるところが見つかりませんでした。
町はずれのところにようやく一つ食事抜きで泊めてくれる場所を見つけます。そこはかなり古い建物でしたが、朝ごはんがついていて、宿代は格安でした。
玄関を入ると、髪の毛も眉毛もない老人がいて、その隣の座布団にはかなり年老いた大きな猫が寝ています。
この宿ではあらゆるものが年老いて古びているようでした。
部屋は狭く薄暗かったですが、我慢して部屋に荷物を置き、夕食を食べに近くの蕎麦屋さんに入ります。あまりその蕎麦も美味しくはありませんでした。
僕はコンビニを探しますが、近くには無いようで諦めて宿の温泉に入ることにしました。
品川猿
建物の古さに比べて、温泉はとても素晴らしいものでした。硫黄の匂いも強烈で体の芯から温まります。自分のほかに入浴客もおらずのんびり浸かることができました。
僕は逆にこういうみすぼらしい見かけの宿に泊まってよかったと思います。そんな時ガラス戸を開けて入ってきたのは猿でした。
その猿は「失礼します」と言い、お湯加減はどうかと僕に尋ねてきます。僕は「とても良いよ」と答えながら、どうして猿が人間の言葉を喋っているのか不思議に思います。
猿はさらに「お背中を流しましょうか」と尋ねてきて、僕は猿が親切で言ってくれていて、猿を傷つけたくなかったのでそれを了承しました。
猿は服を着ておらず、背中に白いものが混じっており、年を取っているようでした。猿と世間話をしながら、僕は思い切って人間の言葉が喋れるのかと尋ねてみました。
すると猿は昔、東京の品川あたりで人間に飼われていて、そのうち言葉を覚えてしまったといいます。そこで会話が途切れ、僕は頭の中で猿の話を整理していました。
僕がどんな人に飼われていたのか尋ねると、猿は大学の先生に飼われていて、その先生は音楽好きで自分もブルックナーとリヒアルト・シュトラウスが好きになったと言います。
さらに、その先生は子供がおらずその代わりに自分へ言葉を教えてくれたと言いました。
猿によると、その後この旅館で働くことになり、もう3年になると言います。僕は猿について興味がわき、夜の22時に部屋で猿の身の上話を聞くことになりました。
僕は猿についでにビールを持ってきてもらうよう頼みます。猿に名前を聞くと、品川猿と呼ばれていると答えました。
身の上話
10時少し過ぎに猿はおつまみと瓶ビールを2本持ってきました。猿は長そでシャツとジャージのパンツを着ています。
猿はごちそうになりますと言い、おいしそうにビールを飲みます。猿はあまりビールを飲める機会がないのだと言います。
猿は屋根裏部屋に布団を敷いて寝泊まりしており、以前は他の猿たちと暮らしたこともあると言います。
わけあって、品川から追い出され、ほかのサルたちと合流しますが、心を通じ合わせることができず、いじめられてしまいます。どうやら他の猿たちは品川猿に対して不快感や苛立ちを感じているようでした。
品川猿は猿とも人間ともコミュニケーションが取れず、半端で孤独な思いをしたと言います。
特に悩んだのが女性関係で、品川猿は他のメス猿に対して性欲を抱けず、人間の女性にしか恋心を抱けない体になってしまっていたのです。
猿は自身でも人間の女性と関係を持つことは期待できないし、遺伝学的にもよくないことだと理解していました。そこで猿は好きになった女性の名前を盗むようになります。
名前を盗む
品川猿には生まれつき誰かの名前を盗んで自分のものにしてしまうという能力が備わっていました。
しかし盗むのはごく一部で、盗まれた女性は気づかない人もいれば、時々自分の名前を思い出せないといった女性もいると言います。
猿はそれを申し訳なく思っていて、反省しているのに盗まずにはいられないそう。今まで盗んできた女性の名前は7人だと猿はいい、僕はどうやって盗むのか方法を猿に尋ねます。
何か名前の書かれた形あるものが必要で、運転免許書だったり学生証や名札でも良いと猿は言います。
それを長い間凝視し、意識の中に相手の名前をそっくり取り込めば、彼女の一部分が猿の一部分になると言います。
猿によると、それは究極の恋愛でそれと同時に究極の孤独だといいました。猿は最近は誰の名前も盗んでおらず、7人の女性の名前を心の中で守りながら日々過ごしているそう。
愛というのは人も猿も生き続けるために必要な燃料で、猿は7人の女性の名前をささやかな燃料といして残りの人生を生き抜いていくつもりだと猿は語ります。
僕は別れ際にチップとして千円札を1枚渡し、猿と別れます。
翌朝
翌日起きて部屋を出ると昨日の猿も老人も年老いた猫もおらず、愛想の悪い中年女しかそこにはいませんでした。
その女に昨日のビール代を払いたいと言いますが、ビールなんて出していないし、そもそもビールなんておいていないといわれ、僕は混乱します。
僕は夢でも見ていたのかと思い、宿を後にします。もしかすると、猿を従業員として雇っていることを公表できないだけかもしれないとも僕は思いました。
僕は帰りの電車で、昨日の猿が言っていた念力が本当にあるものなのか考えますが、どうしても品川猿が嘘をついているようには見えませんでした。
なにより僕は猿があの夜告白してくれた正直さを認めてやりたかったのでした。この出来事を仕事用のノートに僕はメモしました。
これを文章に書いたとしても、話を作っていると言われたり、編集者の困った顔が想像でき、僕は原稿として提出する気にならないまま5年がたちます。
この出来事が文章になったのにはあるもう1つの出来事があったからでした。
結末
ある日の午後、僕は赤坂のコーヒーラウンジで女性編集者と仕事の打ち合わせをしていました。彼女は30前後で美しい女性でした。
仕事の打ち合わせが終わり、軽い雑談をしているとその女性の電話が鳴り、何かの予約確認のようでした。
しばらく話していると、女性は困った様子になり、僕に「私の名前ってなんでしたっけ」と尋ねます。僕はなにげなく彼女の名前を教えてあげました。
電話が終わった後、僕がそういうことはよくあるのか彼女に尋ねると、ここのところよくおこると答えました。
それも彼女は記憶力が良く、電話番号や暗証番号は覚えているのに名前だけ時々思い出せなくなってしまうと言います。
2,3分程すると思い出せますが、その間は不便で自分が自分でないような気持がするそうで、それは半年前くらいから起こると彼女は言います。
僕はその頃に何か物を無くさなかったか尋ねると、彼女はベンチに座っていた時ちょっと目を離したすきにおいていたカバンがなくなっていて、その中には運転免許書が入っていたと言います。
不思議なことに、その日の午後に警察から連絡が来て、運転免許書以外すべて無事なカバンが公園の近くの交番に置かれていたといいます。
警察の人も運転免許書だけ盗まれているのはおかしいと不思議がっていたと言います。加えて、それは品川区にあったといいます。
女性は僕になにか名前を忘れることと関係あるのかと聞かれましたが、猿のことを言ってしまえば、彼女は猿の行方を捜しに行くだろうと思い、いうのを止めました。
彼女は猿を見かけたことはないといいます。僕は品川猿がまた活動を再開したのかもしれないと思いました。
僕はブルックナーのシンフォニーを聞くたびに品川猿の人生について考えます。僕は彼女に品川猿の話をすることはできないと思いました。
一人称単数
登場人物
私…1人でスーツを着てバーへ行く。そこである女性と出会い、、、
秘密の儀式
私は普段スーツを着る機会はありませんでした。
しかし、クローゼットを開けてどんな服があるか点検をしているときにスーツを見るとそれらの服に対して申し訳ないと感じ試しに着てみることがありました。
さらにせっかく来たのだからこの格好で外へ出てみようという気になり、一人で町を歩き普段と違う新鮮な気持ちを私は感じます。
1時間も歩くと、息苦しくなり、家に帰って服を脱ぎ普段着に着替えて安らかになるというのがいつもの秘密の儀式なのでした。
ある日、私は1人で家にいて、妻は友達と中華料理を食べに行っていました。私はLPを聴きながらミステリー小説を読んでいました。
どちらも私の好きなアルバムで小説だったのにもかかわらず、なぜか落ち着かず映画を見ようと思っても見たい映画が一つもありませんでした。
私には、時々自由な時間があり何か好きなことをしてもよいのに、何をすればいいのかわからないという時がありました。
その日たまにはスーツを着てみようかと思い立ち、ポールスミスのスーツを着て、ネクタイとシャツも良いものを着ました。鏡を見るとなかなか悪くないように見えます。
しかし、鏡を見た私はなにか後ろめたさを感じてしまいます。不思議に思いましたが、深くは考えず私は1人で町に出ます。
一人称単数の私
気持ちの良い春の夜で、満月が浮かんでいました。まだ入ったことのないバーに入ると、40歳ぐらいの2人連れの男性客しかいませんでした。
私はバーテンダーにウォッカを頼んで、ポケットからミステリー小説を取り出し、続きを読み始めます。
その小説は私の好きな作家の新刊でしたが、
ウォッカをすすりながら、20ページほど読み進めましたが、なぜか読書に集中することができません。バーの雰囲気も悪くなく、それは私が家を出るときに感じた漠然とした違和感のせいのようでした。
カウンターの向かいの壁には鏡が置いてあり、鏡の中の私もこちらを見ていました。見れば見るほどその鏡の中の私が私ではないように思えます。
私の人生には、多くの分岐点がありどちらに行くこともできました。
そしてその選択の結果たどりついた私が1人称単数の私として存在していますが、もし1つでも違う選択をしていたら鏡の中の私はいったい誰なのかと私は考えます。
50前後の女性
本を閉じ、一度深呼吸をします。気が付くと店は混み始めていて、2つの空席を挟んで右側に一人の女性が座っていました。連れはいないようです。
その女性は50歳前後で、自分の年齢を若く見せる努力をしていないようでした。若い頃は人目を引くような雰囲気が彼女にはありました。
15分後にはもっと混んできて、新たに入ってきた客に押されるように彼女は私の隣の椅子に座っていました。
彼女は連れはいないようで、私は後数ページで本を読み終わるところまで来ていました。その時彼女が私に話しかけてきます。
その声には友好的なものは含まれていませんでした。彼女は「そんなことしていて何か楽しい?」と尋ねてきます。
私は理解できず、彼女の顔に心当たりがあるか思い出そうとしますが、彼女にもしあっていたとしたら間違いなく覚えているような顔だったため、見覚えがなかったと私は思います。
彼女はおしゃれな格好をして、1人でバーのカウンターに座って、ギムレットを飲みながら本を読んでいることに不満があると言います。
私は何を言いたいのか理解できませんでしたが、彼女の敵意だけは読み取ることができました。彼女の顔には不思議なくらい表情がありませんでした。
私はこの場を去るべきだと思いましたが、その時の私はそうしませんでした。私は、どこかで彼女とお会いしましたかと彼女に尋ねます。
彼女は自分のことを知らないだろうと言います。しかし間接的に知っていると言います。私の友達の友達だと彼女は言いました。
私のかつての友達は私のことを不愉快に思っていて、彼女もそれと同じくらい私のことを不愉快に思っているのだといいます。
3年前にどこかの水辺で私にひどいことをされたのだと付け加えました。私は小説をポケットに突っ込み、その場を後にします。
結末
手早く現金でお会計をして、その場を去りましたが、その間女性は私のことをじっと目で追います。
私は外へ出ながら考えを整理していました。なぜどういうことかと彼女に聞き返さなかったのかと考えてみると、私はそのひどいことの内容が明らかになることを恐れていたのだと気づきました。
水辺のことも思い出してみますが、私は全く見当がつきませんでした。彼女が口にしたのは具体的かつ象徴的だったのです。
階段を上り外へ出ると、もう外は春ではありませんでした。町も私の知っているものとは違い、歩いている男女も誰一人顔を持っていません。
私は「恥を知りなさい」という彼女の言葉を思い返します。
感想
以上となります!「一人称単数」のほうのお話はかなり難しい内容だったのではないでしょうか。
「品川猿の告白」のほうでは、自分の名前がわからなくなるで、「一人称単数」のほうでは自分自身が誰なのかわからなくなるなど少し共通点もありました。
これまで自分のことを僕と呼んでいましたが、最後の「一人称単数」のお話だけ私となっていて、時系列がなんとなくわかるような仕組みになっていました。
どちらのお話も原作の小説を読めばより楽しめると思うので、是非読んでみてください!
他にも小説のネタバレ感想は更新予定なので、是非SNSフォローしてお待ちください!